メンバーの根岸英之さん(市川民話の会)は、市川緑の市民フォーラムの会報『みどりのふぉーらむ』に「文芸からみる市川の自然」という連載を執筆しています。
市川は文化と自然が豊かなまち。その双方の視点から市川を再発見する情報が満載です。
当サイトで、連載のアーカイブ化を図っていきます。
文芸からみる市川の自然 2025年
111 永井荷風の食べ物と酒にまつわる逸話 (200号 2025年2月)
112 中国分・じゅん菜池の「姫宮」と国分・石橋下の「鏡石」(201号 2025年4月)
113 里見公園に能村研三さんの句碑建立 (202号 2025年6月)
114 中国分・じゅん菜池の「姫宮」の板碑はどこに?(203号 2025年8月)
115 原爆の画家・丸木俊さんの描いた市川 (204号 2025年10月)
116 YouTube動画 いちかわ民話の部屋 (205号 2025年12月)
🔊2025年3月8・9日「~市川・浅草 荷風散歩~珍釈・渡り鳥いつ帰る」
市川市邦楽連盟&劇団市川座&市川市 共催公演
「「原爆の図」の画家・丸木俊は戦前の市川で教員だった」根岸英之
2025年3月に上演される劇団市川座「市川・浅草 荷風散歩~珍釈 渡り鳥いつ帰る」に合わせて、劇中でも描かれる、永井荷風の戦後市川生活における食べ物と酒にまつわる逸話を、関係者の証言を通して眺めてみました。
なお、同号表紙の「作家たちのみた市川の景色 第11回」は「荷風ノ散歩道」です。
🔊劇団市川座(Facebookページ)
https://www.facebook.com/ichikawaza
「110 中国分・じゅん菜池の「姫宮」と蛇」(2024年12月号)で取り上げたじゅん菜池の「姫宮」は、国分の「鏡石」と関連があるのではないかという説の紹介と、市川に在住した民俗学者・本山桂川についても触れました。
なお、同号の特集「北下遺跡から下総国分僧寺、国分尼寺のコースを歩く」で紹介されている北下遺跡の斜面下では、国府の境界に当たる水辺の祭祀が行われていたことを示す遺物が出土しており、鏡石で想定される神事を仮説する上で興味深いものです。
2025年5月31日、俳人・能村研三さんの句碑〈川を生む山の力や幟(のぼり)立つ〉 が、里見公園の江戸川を見下ろす場所に建立され除幕式が行われました。この句は、市川など特定の場所を詠んだ句ではありませんが、能村さんは大学で河川工学を学び、市川市役所に勤務し河川工事を担当しており、選定に当たって市川の川が想起されています。そうした背景について解説しました。
なお、同号の「シリーズ 関東大震災 市川とその周辺 Ⅰ 平田・稲越」は、『市川の伝承民話』の聞き書きが活用されています。
「112 中国分・じゅん菜池の「姫宮」と国分・石橋下の「鏡石」」に引き続き、「姫宮」にまつわる「謎」として、「姫宮」にはかつて「板碑」と呼ばれる中世の石碑が納められていたことが報告されていますが、報告された板碑はそれぞれ異なり、また現在は消息不明となっていることを探っていきました。室町時代の板碑が姫宮に祀られていたということは、国府台合戦と関連づけて受け止められていた可能性が考えられます。
画家の丸木俊(1912-2000)さんが、1933(昭和8)年4月から1937(昭和12)年3月までの4年間、市川尋常高等小学校(現・市川小学校)の代用教員を勤めていたことを紹介し、俊さんの自伝的随筆『生々流転』(1958 実業之日本社)に、市川の風景はどう描かれているかを辿りました。
市川民話の会が、インターネットからでも市川の民話に触れてもらえるように、2021年3月から公開を始めたYouTube動画サイト「いちかわ民話の部屋」の経緯と映像コンテンツについて解説しています。
市川市邦楽連盟&劇団市川座&市川市 共催公演 市川市芸術祭文化祭参加作品
2025年3月に「市川・浅草 荷風散歩~珍釈 渡り鳥いつ帰る」が上演され、永井荷風役で出演します(ダブルキャスト/Bプロ)。
戦後の市川に暮らした文豪・永井荷風さんの老後生活と、浅草行脚を経て浅草軽演劇「渡り鳥いつ帰る」を上演することになる顛末を描いたオリジナル作品です。
公演日時:2025(令和7)年3月8日(土)11時(Aプロ)・15時(Bプロ 根岸出演)
3月9日(日)11時(Bプロ根岸出演)・15時(Aプロ)
会場:市川市文化会館小ホール
▪原作:永井荷風
▪脚色・演出・美術:吉原廣(劇作・演出家・市民文化プロデューサー)
▪音楽・演奏:杵屋栄日陽 設楽瞬山 今藤政優 他
▪照明:清水昌弘
▪音響:宮崎裕之
▪キャスト:市川市を中心とした千葉県民 30余名
▪入場料:前売り2,000円 当日2,500円 障がい者・付添1,000円
≪あらすじ≫
昭和21年1月、荷風は市川に移り住む。
幾度もの空襲に遭遇して憔悴しきった、哀れで孤独な67歳の老後生活だった。
そして数年後、葛飾の自然に癒され、再び活力を取り戻した荷風は、浅草行脚を復活させる。そこで出会った浅草芸人や街娼婦たちと親しむ中で、浅草軽演劇「渡り鳥いつ帰る」を上演することになる・・・。
制作 市川市邦楽連盟∔劇団市川座+市川市
協力 NPO法人いちかわ市民文化ネットワーク(いちぶんネット)
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeb1q4kq9rynVDR13MBT5Zktm9N-VWp1PW1fVcVZbkqZcZpaw/viewform
🔊劇団市川座(Facebookページ)
https://www.facebook.com/ichikawaza
じゅん菜池緑地の南側、道路脇の樹木の元に「姫宮」と呼ばれる祠があります。一般には室町時代、国府台一帯で繰り広げられた「国府台合戦」のおり、戦場から逃げてじゅん菜池に身投げした里見方の姫たちを供養する祠だと言われています。
しかしまた、じゅん菜池の主である蛇を祀ったものだという伝承も聞かれます。
国分平川地区にかつてあった「鏡石」は、「姫宮」と関わるものともされます(現在は京成真間駅に模造が安置)。
国府台の「辻切り」の大蛇も、池を見下ろすように一体がにらみを利かせていました。
じゅん菜池にまつわる伝承をたどり、秘められた深層を読み解いていきましょう。
会場 市川市西部公民館(市川市中国分)
じゅん菜池緑地の「姫宮」には、「国府台合戦」で負けた里見氏の姫が身を投げたとか、池の主の蛇を祀るといった伝承が見られます。
かつては、中世の板碑が祠に納められていたそうです。
また近隣には、堀之内の「弁天様」の里見姫の水死伝承、曽谷の「弁天池」(以前は「じゅん菜池」といった)の百合姫入水伝説、真間の「手児奈霊神堂の池」は手児奈の入水した真間の入江の名残などの伝承もあります。
似たような伝承から何が見えてくるか探ってみたいと思います。
会場 市川市西部公民館(市川市中国分)
市川市在住の口承文芸学研究者である米屋陽一さんが発起人となり、「いちかわ平和のための戦争展」が開催されます。
根岸英之、市川民話の会もトークリレーでお話しします。
〈イベント〉【トークリレー】
7/25(金)16:30~17:00 根岸英之(市川民話の会会員・〈市川学〉コーディネーター)
「市川の戦争を語りつぐ」
7/27(日)15:00~15:30 市川民話の会
〈展示〉
市川の空襲と被害/市川の兵舎・赤レンガ/戦争末期・市川のクロマツ(松根油・松脂)採取痕/戦争体験者のインタビュー映像上映/ほか
会場 全日警ホール(市川市八幡市民会館)
🔊https://ichibun.net/akarenga/index.php?QBlog-20250709-1
























