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菅野の永井荷風を訪ねた林芙美子 根岸英之


発見伝のメンバーの名倉ゆみ子さんと根岸英之が所属する市民劇団「市川座」によるオリジナル演劇公演

「アラエッサッサー! 林芙美子伝」(市川在住の脚本家・吉原廣さん作、演出)

が開催されるに当たり、林芙美子と市川ゆかりの作家の関わりを、少しひも解いてみようと思います。

 

「アラエッサッサー! 林芙美子伝」

2021(令和3)年

5月3日(月・祝) 11時(Aプロ)/ 15時30分(Bプロ)

5月4日(火・祝) 11時(Bプロ)/ 15時30分(Aプロ)

【会場】 全日警ホール(市川市八幡市民会館) 千葉県市川市八幡4-2-1

【入場料金】 全席指定席 前売り 2,000円

             当日  2,500円

チケットは完売

市川ゆかりの水木洋子や永井荷風とのエピソードなども描かれます。

市川座HP  https://ichikawaza.jimdofree.com/

🔊https://www.facebook.com/ichikawahakkenden/posts/276536550473845


今回は、「菅野の永井荷風を訪ねた林芙美子」です。

根岸は、市川緑の市民フォーラムの会報『みどりのふぉーらむ』に「文芸からみる市川の自然」という連載を執筆しています。

 🔊みどりのふぉーらむ編集室

 

🔊88 松の里に暮らす永井荷風 (177号 2021年4月)

のなかで、次のように解説しました。 


さて、そんな昭和23年9月23日、戦前「放浪記」で一躍人気作家となった林芙美子が、菅野の小西家を訪問します。日記には、たった一言のみ。

〈閨秀(けいしゅう)作家林芙美子来話。〉

「閨秀作家」とは、芸術的才能にあふれた女性作家の意味。江戸文人を気取る荷風と庶民的な大衆作家芙美子の取り合わせは妙ですが、若き日の荷風は最先端のフランス文学を日本に紹介する作家。芙美子もフランス文学にあこがれていました。芙美子は、翌1949年6月に刊行された『荷風全集』附録(中央公論社)の「荷風文学」に次のように記します。

〈先日、荷風先生にお眼にかかった時、七十歳を出られた先生が、いまなお、夜々を十九世紀文学を読んでおられるとききました。そのなかでも、ゾラを研究しておられる由をうかがい、(略)ひたすら、自分の読みたいものをよんでおられる気性を面白いものに思いました。〉(多田蔵人編『荷風追想』岩波文庫より)

川本三郎『荷風好日』「荷風を愛した林芙美子」岩波書店には、次のように記されています。

〈林芙美子はこのときのことを「荷風訪問記」に書くが、それによれば、この日、荷風は林芙美子にゾラを始めとするフランスの作家の話をしたばかりか、自分で作ったニンジン炊き込みご飯をふるまったという。自分を敬愛する女性作家の来訪がうれしかったのだろう。〉

 日記の一行の裏に、こうした親交があったのです。ご飯は松で炊いたのでしょうか。市川市八幡には、1935(昭和10)年から、新潮社の編集者として芙美子の担当をした和田芳恵が住んでおり、訪問を取り持ったようです。


独り身で合理主義者の荷風は、一つの鍋に人参をはじめとする具とお米を入れ、炊き込みご飯にして食していたことは、有名なエピソードとして知られています。そんなご飯を、林芙美子も振る舞われていた、というのは、非常に興味深いことです。

しかし、この「荷風訪問記」というものが、何を指すのか、この解説を執筆していたときには、判明していませんでした。

 

今回の公演の案内を『荷風好日』の著者である川本三郎氏や、林芙美子研究の第一人者である今川英子北九州市立文学館館長にお送りし、この点についてもご教示願ったのですが、今川氏からは、典拠不明とのご返事でした。

ところが、ありがたいことに、著者である川本三郎氏から、典拠のご教示のご返信を頂戴したのでした。

 

それによると、この典拠は、秋庭太郎『永井荷風傳』(春陽堂 1976年)の512‐513ページであるとのことでした。

そこには、次のように書かれていました。


中央公論社版『荷風全集』附録第八号に林の荷風訪問記があり、それには、「……夜々を十九世紀文学を読んでおられるとききました。そのなかでも、ゾラを研究しておられる由、」云々とある。此日、林は荷風のつくった人参炊込みの飯を馳走になったそうであるが、荷風の部屋の押入には西洋烟草ラッキーストライクが積み重ねられてあったという。これは昭和四十六年二月刊『わたしの織田作之助』の著者にして林芙美子から親しくされていた織田昭子さんの直話である。


これにより、

① 「荷風訪問記」とは、『荷風全集』附録の「荷風文学」のこと

② 荷風が人参炊き込みご飯をふるまったのは、林の文章ではなく、織田作之助と太平洋戦争中から戦後まで同棲した織田昭子氏の直話であること

が判明しました。

 


 

このように、市川の文学に関することも、まだまだ解明しきれていない点があります。

いちかわ発見伝では、こうしたことも再発見できたらいいと思います。

ご教示くださった川本三郎氏、ご協力くださった今川英子氏にお礼申し上げます。

 

林芙美子と関わる市川ゆかりの作家には、和田芳恵、水木洋子、井上ひさしなどがいます。

これらについては、稿を改めて紹介したいと思います。

舞台公演も、ぜひ楽しみにしていてください。

 

🔊永井荷風の書斎移築復元 市川市役所新庁舎に